名前のこと

名前と数字になぜか惹かれる。
人がこの世に生まれた日とつけられた名前。
偶然ではなくて本当のところは本人がそれを選んで生まれてくるのだと思っている。
古代からの占術や運勢論も結局生まれた日と名前というのが土台になっているから
世界中のいろいろな暦や占術、数秘術など、くわしくはないがとても興味深い。
占いの世界では誕生日さえわかればその運勢や長所短所もすべてわかってしまうとも…
それ故に権力を争う世界では本当の誕生日を明かすのは危険だったりするらしい。
まあ、深入りするととらわれすぎて重くなるので、名前や数字に気を留めて、楽しく
暮らそうというのが今の私のスタンスだ。

私が生まれたのは4月29日で昭和天皇の誕生日。
小さいときから公園に行っては花を摘んでいたり、アロマテラピーの仕事をしたり、
花の絵を描いたりというのは植物学者だった昭和天皇と誕生日が一緒だからか!と
自分勝手に納得したり(そんなのだれでもしてることじゃん?)。雅楽や古神道が
結構好きなのもそれか!など考えるのもなかなか楽しい。
「誕生日事典」などをぱらぱらとめくって、「デューク・エリントンも4月29日!」
など発見すると、やっぱりジャズも縁があったんだわ、とご機嫌になる。

誕生日は変えられないが、名前は変えられるからさらに楽しいではないか。
私の本名は俊江。父親から「俊」をとり、なぜか水に関係した字をと考えたらしく
「江」。考えたのは主に母のようだ。
「俊」という字は意味も形も「しゅん」という読みもとても好きだし、「水」には
とても縁が深いと思っているので「江」という字にも納得できる。父は絵も歌もよく
できるし賢い人だったので、そういう性質を継がせたいと母はおもったのだろう。

しかし、である。
結婚して名字が中江になった。50%が「江」。名前の漢字をきかれて説明するとき
「また江でーす。」とか「江が二つでーす。」などとやや自虐的に答えていたもの。
だがどうしても気になって仕方がない。特に活字にしたときにバランスが悪く美しく
ないのだ。江という漢字を変えればいいかと「恵」や「絵」などいあろいろ考えてみ
たがうまくいかないまま時は過ぎた。

2012年のこと、退職して以来その後やるべきことを探して、声楽やアロマテラピー、
書道に奮闘したもののうまくいかず袋小路に陥っていた。そんな時は必要な人が現れ
るもので、久しぶりに会った友人が「改名」のことを教えてくれて、その時選んだの
が「中江麻祐子」である。画数のこと、「おと」など様々なことを考慮して考えて頂
いた3つの中から選んだもの。当時は父の字をとって母がつけたということ自体が、
家族からの縛りのようにさえ感じていたから、自分を何とか変えたくてこの名前を定
着させるのに必死だった。2013年の春だったからちょうど6年になる。
個展やコンサートなどの活動をするようになったのも通称名を「麻祐子」にしてから
だから、本名と思っている人も多い。

さて、「天斿」である。
私は書道の修行をしていた時ある雅号をつけてもらっていたのだが、その師から離れ
たときにその雅号も返上してしまった。「天斿」は書の個展をする際に自分で考えて
付けたものである。さまざまな表現活動、絵や書や歌や短歌や文章を書くことなど、
それらを天国で遊んでいるように、子供が遊ぶように、リラックスしてやるのが理想
である。歯
を食いしばり、競い合い、肩に力を入れてがんばるのではなくて。
そしてそれが天命だと思っている。「天に遊ぶように」あるいは「天命にしたがって
遊ぶ」それが名前の意である。「斿」はあそぶの一番元の字。仲間を引き連れて旅を
するときの「旗」ともいわれる。道行く意味になれば「遊」、泳ぐイメージなら「游」
だが、どれを使ってもいい。観音経にある「娑婆世界に遊ぶ」、それが理想。遊ぶは
私の場合諸芸ということになるが、何をやったとしてもこの考え方の下のことだから
自分のブランドイメージのようなものだと最近は思っている。

そこから俯瞰して自分の活動を考えてみる。
書はもちろん、筆を活用した絵も天斿を使う。が、ポップなテイストの作品にはどう
もなじまない。メールアドレスやホームページに「mayukonakae」というのを多用
しているので、これも併用することにした。
そして、歌。これには「沙羅 sara」というのを少しづつ使い始めた。サラというの
はあるモロッコ人がつけてくれたニックネーム。この人はモロッコ雑貨の店で一度会
ったきり忽然と店ごと消えてしまった。サラという日本でも海外でもよくつかわれる
名前は色々な言語の歌をうたいたい自分にはちょうどいいし、人生でたった1回会っ
た人がいきなり「サラちゃん」といってくれたのは大切にしたい。

最後にふたたび「麻祐子」について。
2019年4月11日、私の32年目の結婚記念日。ある健康情報のセミナー会場に
私はいた。最先端の情報のなかに「麻」の文字が…。
「えっ」一瞬息をのむ。
6年前この名前を選んだのはこのためだったのか!」
「祐」は助けるという意味。「麻で人を助ける」ということなの??
「麻の時代が来る「陰が極まれば陽に転じる」というように、麻{大麻}のネガティブ
なエネルギーがポジティブなエネルギーになるのだと感じている。

だいじなことを書き忘れていた!
「天」には天使の意味もあった!
いつも見守られていると思っておけば「なんとかなる」ものである。

 

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