詩 1

どこからこのクリアフォルダーが出てきたのか。
「谷川俊太郎」とは何者か、という朝日新聞の切り抜きとともに、自作の詩を書いたルーズリーフが4枚入っている。すべて2015年の作。
読んでみると、心に響くものがあった。自分にとって音楽とは何か、そして、音楽で何をしようとしているのか。
このところ、ぼんやりと考えている自分の課題を、これらの拙い詩が突き付けている気がする。
1篇ずつ、そのままここに残しておくことにした。

「雨と感傷」

ほんぶりの雨の日に
ひとり居れば
いつもショパンをおもひ
弾いてみようかと思ふ
しめやかにうたい
また激しく打つ雨とともに
ピアノの響きは
ありったけの感傷をうむだろう

さらにまた
シューマンの心がなつかしく
「詩人の恋」をも
うたおうかと思ふ
深く水をたたえたような
感傷にひたりきり
心の手足を水の中で
ゆっくり伸ばしてやろう

せんちめんたるを閉じ込めた鍵を開けると
それはあふれるままに
この空間に満ちる
これが私を最も自由にする

2015年1月7日作。水性ボールペンで書き、鉛筆で「駄作」と書いてある。本当に駄作だ。
でも当時、雨の日に家にいるときはいつもこうして過ごしていたように思う。音楽がないと生きていけないなどと考えたりしていたものだ。
その「音楽」とは人に聞いてもらうものではなくて、自分一人でCDを聴いたり、ピアノを弾いたり、歌ったりするというものだった。
その時音楽によって得られたものを、私は自分の音楽活動で少しでも表現できているのだろうか…
今もちょうど雨。音楽はなく、雨の音だけを聞いている。

 

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